羊の糸紡ぎ
原稿三昧とフルートと病院漫才でたまに家族孝行。最近はNey Matogrossoへの愛の日々(笑)。
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書いてるぜ。
ちょっと湿気に押しつぶされそうな、完徹明けのお昼過ぎ。皆様いかがお過ごしですか。
ellisはへろってます。


やはり時流に乗って、タイトルの接尾語は「じぇ」にするべきだったのだろうかと、悩む女のサイトへようこそ。
でも私、朝ドラ見ない人なんで。つか、基本ドラマ見ない人。


昨夜寝られなかったので、ちまちま原稿したり雑誌を真剣なまなざしで(ダイエットコーナー)見てたりしたのですが、原稿…書いてるけど、いまいちノッて来ないですね。
河出書房新社、『文藝』のついったでは、高橋源一郎先生がどんなふうに悩んで苦しんで原稿を書いていらっしゃるかがツイートされています。大変参考になるので、がっつり読んでます(笑)。
すごく共感したのは、「物語は書き手が主になってはいけない」です。
まるで神様のように、登場人物を動かしたり、ラストを決めたりということは、ちょっと違うんじゃないかなあというものでした。
私が「降って来た」と表現するのは、本当に目の前にふっと現れるからです。
ラストが複数あって、さんざん迷ったけど一つの道を選んだのは登場人物自身です。
それも私の考えだと言われればそうなのかも知れないけど、どこか違う。
かといって、登場人物を野放しにするわけでもなし。
この辺は私、感覚で作業してるので言葉では説明しづらいです。それに偉そうなこと言える立場でもないし。
まだモヤモヤっとしてるときは、ノートにも書きたくないし、まったく関係ないこと書いたりしています。
「私」が神様になったりすると、面白くないんじゃないかなあと思います。だって「私」が物語に入り込んじゃうから。
書いている作品は、その中で生きている登場人物たちの物語であって、私はそれを眺めて書き留めているに過ぎません。
私はこの次元に生きている物書き見習いだから、彼らと行動を共にすることはできないし、彼らを無理矢理動かすこともできません。
なので書いてるときは、「無」です。ただひたすら、登場人物のいる世界に耽溺して、つま先から頭のてっぺんまでどっぷり浸かって書いてます。そこに「私」はいません。
不思議な作業ですねー(笑)。でもこんななんですよ。


前作は、第三者の目線で書いたため、主軸がぶれました。
たぶん、中途半端に神目線だったんだと思います。
今回はそれを回避するために、敢えて苦手な一人称で進めます。
少し動き始めた主人公が、もう少し何かやらかすのを待っています。
待つだけでは何なので、どんな服装か、どんな髪型か、目の色は、癖は、仕草は。その登場人物だったらどれを選ぶだろうかと考えながら、ぱちっとはまればノートに書きます。そうでなければ付箋に書いて貼っておきます。
こういう時間は、ものすっごい楽しいんですが、いざ文章に起こそうとするときついんですよね…。
今回の作品も、モデルになった場所がいくつかあります。
いろいろの合成なので、実際とは違うけれど、たぶん両親が読めば「ああ、あそこがモデルでしょ」と言うにちがいありません(笑)。
そんな分かりやすい話を書こうとしております。


というわけで、書いてなくても書いてます(笑)。こういうの、頭脳労働っていうんでしょうか。
脳みそフル回転みたいな。
明日か明後日あたり、関西は台風ですね。まただるいなー…。
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